努力と意志力 

能力を伸ばすには、優れた才能が必要で、才能を不幸にして持たないものは、優秀な選手になり得ないと考える傾向が見られるが、これはKAエリクソンなどの心理学者チームの調査研究で否定されている。

能力を直接的に伸ばすのは「トレーニング」であり、それを貪欲に、精度高く、常に研究をしながら実行出来る者は、そのトレーニングの効果が大変高くなり、結果高い成績を収めやすくなる、という、いわば当然の理論である。

このトレーニングをよく実行する人=努力する人は、一般に大変軽視され、才能には勝らないと考えられている。しかし努力といっても、毎日1kmランニングする程度の努力から、毎日8時間にわたる苦しいトレーニングを行う努力まで、実にピンからキリまでである。また仮に才能があっても、結局は能力を伸ばすにはトレーニングが必要である。
上述した科学実験は、この努力を「高度に」実行できる人ほど、能力がよく伸びるという科学的検証であり、この「高度な努力」を実現するのに必要なのが、ここで取り上げる意志力である。意志力とはすなわち、努力を行うことが出来る気持ちの強さである。

!ミニガイド
KAエリクソンらが行った実験では、プロスポーツの入団テストなどを元に、その選手の行動と成長具合を結びつけたところ、身体能力や飲み込みが良い(いわゆる才能のある)選手より、練習をよく打ち込む選手、要約すればよく努力する選手の方が、その後の成長が高かったという調査結果が得られた。



  継続力

能力向上のトレーニングなどを、継続的に行なう事が出来る意志の強さである。身体能力を向上させるには、往々にして、継続性が必要なものが多い。短期間で興味が無くなり、継続しない人は、能力を伸ばす力が著しく低下する。世の中、3日坊主で溢れているのが実際だ。
思いついては3日だけ語学の勉強をする人より、3年間継続して学習した人の方が、より語学力は身に付く。



  熱中力

新しいトレーニングや、新しい理論を研究したり、試合を見て分析したり、優れた選手のやり方を取り入れたり、調べたり、など、特定の活動に熱中できる意思の強さである。無関心な人より、熱心な人の方が多くの知識を学び、また考え、また活動に取り組み、能力を向上させる強さが上昇する。
語学に熱心な人は、その国の映画や本を積極的に読んだり、辞書を購入して語彙を広げたり、外国人に積極的に話しかけたりし、語学力を伸ばす。


  不屈力

挫折や苦悩、大きな失敗など、能力向上活動そのものを止めてしまうような出来事にめげず、諦めずに続ける意思の強さである。敗北を喫してやる気を失い、競技を退いたり、自分の限界を設定してそれ以上の向上を否定するか、悔しさをばねに更に練習をして強くなろうという気になるかでは、全く逆の結果が生まれる。
プロ最高峰で活躍している選手は、偶然一度も挫折をしなかったか、または全ての苦境を跳ね除けて来たかの、必ずどちらかである。また往々にして優秀な選手には、負けず嫌いが多い。
外国語で外国人に話しかけて通じなくとも、それを経験に更に発音や文法を学び直せる人は更に語学力が上昇する。


この3つの意志力の強さが、どのくらいトレーニングに打ち込めるかの強さに影響し、それが努力の強さとなり、能力差として反映される。

またこれは、本人の精神力や性格というだけでなく、トレーニングの内容や指導者の方針としても考慮が必要な項目である。

有力なコーチャーによっては、継続性や熱中性を削いでしまうような、つまらなく機械のような反復練習をせず、選手の好みで自由に練習を組ませ、あるいはゲーム形式で行なうなどし、結果的に興味を持ち易くして能力を向上させる事を重視している例も見られる。有力な方法であっても、続かない練習は意志力が低下し易く、能力向上力が現実的でないという考えである。

また生産性実験でも、1人で寡黙に取り組ませるより、仲間とおしゃべりをしながら取り組んだほうが生産性が向上したという有名な実験がある。このように、努力しやすい環境を形成する事も重要であり、特に指導者はこのような環境形成に尽力する必要がある。

なお、貴方にはどのくらいの「意志力」があるだろうか。簡便ではあるが、テストによってこの力がどの程度あるかが分かる。

5段階評価で回答する。5はよくある。3は普通。1はまったく無い。

質問1、一つのものに熱中しやすい 5・4・3・2・1
質問2、始めた事を長く続けられる 5・4・3・2・1
質問3、長く続けている趣味や習慣がある 5・4・3・2・1
質問3、研究熱心である 5・4・3・2・1
質問4、負けず嫌いである 5・4・3・2・1
質問5、ケガやスランプでも目標は揺らがない 5・4・3・2・1

当然、合計得点が高い人ほど意志力の強い人であり、常に努力を高い強度と頻度で実行し続ける事が出来る人である。


  モチベーション理論
努力をどのくらいするかの力=意志力の高さは、動機の強さによって高まる。自らのやる気を向上させ、トレーニングに耐え、継続して実行し、常に興味を抱き研究を怠らない、強い意志を持つ為の、動機付け理論を2つ紹介する。

 期待理論

意思力は、「誘意性」、「手段性」、「期待」の3つによって強くなる。

「速く走る」という事に関心(誘意)が強ければ、それを達成する為に、速く走る努力をする。これが誘意性である。

「速く走る」事によって、「大会に優勝できる」とか、「賞金が手に入る」とか、「優越感が得られる」などの、付随する結果に関心が強ければ、それを実現する為に、速く走る努力する。これが「手段性」である。

「速く走る」ための「方法」に期待が強ければ、その方法を使って速く走る努力する。これが「期待」である。

端的に言えば、時速40km/hで走る事自体に魅力を感じ(誘意性)、それによって全国大会に出場できると感じ(手段性)、その速さを実現するための最新トレーニング法に期待が強い(期待)と、意志力が向上して、俄然やる気が出てトレーニングに打ち込む、という理屈である。

つまり、より成績を高くしたい=より高度なトレーニングをする=高い意志力を持つ=期待理論を基に意志力を高く保つ、という図式である。

意志力を高く保つには、この3つの要素の向上を通じて行うのが有効である。自分の日ごろのトレーニングを振り返り、この3つの要素のうち、どれかが欠けていないか意識し、欠けていればそれを埋める新たな期待を加える。また期待が弱ければ、より強い期待となるものを設定し、意志力の向上を図る。

◆期待理論の実践方法
例えば、大変強度が強く、辛く苦しく、やる気が十分に起きない練習に取り組む時は、まず高速でトップ選手たちと対等に渡り歩く自分をイメージし(誘意性)、かつて大会で敵のアタックについて行けず敗北した事への悔しさや反省を引き起こし(手段性)、更に今行おうとしているトレーニングが科学的に強力な方法であり、自分を伸ばす事が出来るトレーニングであると強く期待する(期待)事で、練習への打ち込み姿勢を向上させることが出来る
特に、自分が非常に練習に打ち込みやすい動機(かつて負けた悔しさ、周囲の応援など)があれば、それを常に意識するように心がける事も有効である。

指導者やコーチャーは、選手がこのような意志力を高められるよう、環境形成に尽力する必要があり、選手は自らこの意志力を向上させるよう、好奇心を持ち、興味を保ち、継続して練習する強い意思を伸ばしていく必要がある。


!学習ガイド
意志力を向上させるには、「誘意性」「手段性」「期待」の3つの相乗効果が有効である。


!期待理論
心理学者のV.ブルームによって提唱された理論。
「意志力の強さ=誘意性×手段性×期待」としたもの。



 変革プロセス

期待理論から言えば、能力が向上する事の利点が感じられなくなったり(既に希望の速さを達成したなど)、それによって得られる恩恵が弱くなったり(既に大会で結果を残したなど)、練習に期待が持てない(ここ暫く能力が横ばいである)場合、意志力が低下する要因が揃ってしまう為、このままでは能力向上が期待出来ない。

この状況を打破する為に、「誘意性」「手段性」「期待」を向上させるべく、現状を変える変革が必要である事を示している。

期待そのものが弱くなったら、トップ選手と対等ではなく、その選手を更に振り切るほどのレベルを意識したり(誘意性の強化)、それによって本当にプロに手が届いたり、夢であった成績を収める事が現実に可能であると意識し(手段性の強化)、より精度を高めた練習法や、より強度や本数を引き上げたトレーニング法、プロも実際に行っているトレーニングの実行など、以前より更に信頼の高いトレーニングの実行(期待の強化)へと繋げる事で、更なる意志力の向上となり、それがトレーニングへの向上となって反映される。

このような、現状の分析と、期待の再設定のためには、まず今の状態が望ましくないと自覚し(凍結)、目標や目的を変えて実際に日々の行動を変え(移行)、その変えた行動を定着させる(再凍結)という3段階のステップを踏む。


!変革プロセス
心理学者K.レビンによって提唱された、変革に必要なステップを、1凍結、2移行、3再凍結としたもの。