Vol.5 紳士協定

ツールドフランスなどのレースには、ルールには記されていないが、選手間の暗黙の了解として、紳士協定といわれる不文律が存在する。

紳士協定は、簡単に言えば「スポーツマンシップ」を守る精神であり、協調を乱す行為を自粛するルールである。

自転車競技は、利己的に、ずるく走る事が実質可能である。前を全く引こうとせず、ひたすら選手の後ろばかりくっついて楽をし、疲れきった選手を尻目に自分だけアタックして勝利する。

ところが、このようなプレーは必ずしもメリットが無い。ローテーションを例にとると、集団はローテーションによって、一人当たりの疲労を抑えながら、かつ速く走る事が出来るが、ローテーションをしなかった場合、前を引く選手のペースも上がらないし、その人が疲労して脱落すれば、回せるコマ数が減って、集団自体のスピードも低下していく。

当然こんな身勝手なプレーをされたら不愉快であるから、他の選手は、この選手の前を引こうとしなくなる。こうなると集団の崩壊を引き起こす。回せばみんなに恩恵がある所を、1人が僅かな楽をとることによって、結局は単独走行同然の走行しか出来なくなる(なお、作戦によって、このようにわざと集団を潰すために行なう事もあるが後述する)。

自転車は、集団によって利が生まれるという独特の特性がある。集団で走った方が効果が高い、「周囲との協調」の影響が大変大きいから、その協調を乱す行為は歓迎されないし、逆に乱す人は、今度は周囲から協調してもらえない。集団の利が大きいスポーツで、周囲からの信頼を失う事は致命的なのである。

その為、このような協調を乱す行為を自粛するようになる。これが紳士協定、すなわち、選手間の協調姿勢である。

例えば、チームの作戦として、逃げ集団の中で、あえて前を引かない選手などは、集団の疲労分散やスピードアップに貢献しなかったのであるから、ゴールスプリントには参加しない。
あるライバル選手をけん制する為に、その選手の後ろにピッタリ張り付いて走った場合は、区間ポイントやゴール着順などは譲る。

他、これも信頼関係などの理由から、選手が(選手のミスでない理由で)落車したのに乗じてアタックを掛けたり、所用中にスピードを上げるなどの行為をしない、マナーやスポーツマンシップが求められる。

なおプロ選手は、これらをプロの礼儀とし、これらに従わない利己的な走りを「アマチュア的走行」と称する事があるが、当然アマチュアにはスポーツマンシップは必要ない、などということはない。
しかしアマチュアでは、協調の影響の大きさがよく分かっていない(そのような影響下に置かれる事が少ない)ケースや、ローテーションせずに後ろに張り付いている方が有利であると勘違いしているケースもある。

余談だが、スポーツマンシップには何かと律儀なロードレースではあるが、その割にはドーピング違反者といったスポーツそのものを冒涜する者はよくいる。


(C)Wnd Bells Bicycle Club, Nanairoenpitsu.2010