Vol.1 メイン集団と逃げ集団の関係

初めてロードレース中継を見た時に誰もが思う違和感。

普通、速い人が前を走るだろうし、力の無い人は遅れてゴールする、と考える。マラソンでもF1でもそうだ。
ところがサイクルロードレースの場合、これが逆の事が多い。前をぶっちぎって先行する選手がそのうち追いつかれ、最後は全然違う選手が勝ったりする。これは、同じ自転車競技の中でも、ロード特有の現象だ。

ツールドフランスなどのロードレースでは、前半に高速で飛び出す集団と、あまりスピードを出さず、ゆっくり進む大集団に分裂する事が多い。

なぜこのような現象が起こるかというと、これは「スリップストリーム」が強く影響している。前の自転車が風除けとなり、その後ろにもぐりこんだ選手は、楽に走行する事が出来る。当クラブの観測では、およそ心拍数が5〜10は低下する。

自転車は単独で走るより、集団の中で、風除けの恩恵を受けながら走った方が、圧倒的に楽であり、圧倒的にスピードが出る。

するとどうなるか。前を走ると自分だけ損をするため、前を走りたがらない。でも誰かは前になるのだから、結局その人は、自分が疲れない、許せる程度の速度しか出さない、消極的な走りをするようになる。
ツールドフランスなどでは、基本的にはリーダージャージを着ているチームが前を引く、というのが暗黙のルールとなっており、トランプのババのような存在にもなっているくらいだ。

すると、このような低速のメイン集団から、あえてスピードを上げて飛び出す集団が出て来る。元々はもっと早く走れるのだから、簡単に飛び出して差を付ける事が出来る。大体の場合は数人で飛び出すが、中には2007年のウィギンスのように、1人だけで170km逃げるケースもある。

なぜ飛び出すか。逃げて少人数、ひどいと1人で逃げる場合、当然負担がそれだけ大きいが、それだけのうま味が存在する。以下にまとめたが、その役割が大変に多い事が分かる。


◆仲間を休ませるために逃げる
逃げた選手がいるチームは、その選手を勝たせるためにタイム差を付けてやりたい訳であるから、追いかける必然性が無くなる。つまり前を引かない正当性が生まれる。これを利用して、残りの仲間が全員集団の中で休む事ができる。

◆ポイントを稼ぐ
中間ポイントなどは、先着10位くらいまでしかポイントが入らない。当然逃げて先にポイント地点に来れば、高いポイントが確実に加算されるから、これを取るために逃げる。

◆けん制
逃げ集団のスピードや具合を直接操作する為に送り込む。いわゆる、逃げ切り防止のために送り込む。例えば、最初のうちは交代しながら逃げるが、途中から逃げ集団のペースを落としたい場合、交代に加わるのを止めたり、乱したりして、これを潰す。
最後にゴールスプリントでステージを制したいチームの場合は、逃げ集団が逃げ切ったら意味が無いから、これがないように逃げ集団に仲間を加えておく。またライバルが逃げてポイントを稼ぐのを防ぐ為に、仲間を送り込んでポイントを取らせない為に加わる。

◆先行アシスト
山岳ステージで広く行われる。アシスト選手が先行して走っておき、後々追いついて来たエース選手を連結してアシストする。エースと呼ばれる選手は登坂力が高いから、一緒に走っていては、これより劣り易いアシスト選手が着いていけない。その為あらかじめ先に逃げておく。

◆メイン集団のコントロール
前記の通り、メイン集団は前を引きたがらないから、ペースが落ちる。しかし逃げ集団がどんどん逃げて行き、いよいよこれ以上離されたら追いつけなくなる、という所まで行ったら、メイン集団はペースを上げて追いかけるしかない。つまり逃げ集団がいるから、メイン集団のペースが上がるのである。この時前を引くハメになるのは、基本的に逃げ集団に誰も入っていないチームという事になる。

◆ステージ優勝するつもりで逃げる
もちろん、勝つつもりで逃げる選手もいる。特に山岳コースで見られるが、このようなステージは一部の選手以外は全力で走らない。その上、これら選手は重要な戦局としてけん制をしたりしながら進むから、その間に先にゴールしてしまう、という戦略が成功しやすい。


なお、メイン集団は本来は早く走る事が出来るから、追いつこうと思えば高確率で逃げ集団を捕捉する。
ただし追いついてしまうと、そこからまた誰かが逃げ出したりするし、その度にコントロールし直す必要があるから、逃げ集団と一定の距離を取りながら走って維持する事が多い。
この逃げている選手とのタイム差を計算しているから、ゴールする前には追いつく事が出来る。。ただし、逃げている選手がほとんど通算成績に絡まない場合は、わざわざ追いかけて消耗する価値が無いから、無視して逃がす場合もある。前述の山岳ステージでの逃げなどは、エース級の選手はほぼ無視している。

逆に、メイン集団の想定外に逃げ集団が頑張り、逃げ切って勝つ場合もある。このようなケースでの先着は大変賞賛される。また逃げた選手がよりによってタイムトライアル能力を持っていたり、有力な選手が多く加わったりすると、そのまま誰も追いつけずに逃げ切る事もある。いわゆる逃がしてはならないタイプの集団である。

なお、たまにある現象として、逃げ集団がいくつか完成し、次第にその逃げ集団同士が合体して大きくなり、容易には捕捉できない戦力となる事がある。12年のロンドン五輪はこのパターンであった。この場合メイン集団もコントロールを逸しやすい。

大概はもうちょっとでゴールという所で捕まってしまう逃げ集団。だったらそのままメイン集団の前の方に合流して、ゴールスプリントに絡めば良いのに、と思ってしまうが、逃げ集団は少人数で走っているから、多くの場合足を使ってしまっている。いわば200回スクワットをした逃げ集団に対し、せいぜい20回くらいしかしていない元気なメイン集団が猛スピードで進撃してきたら、そこに加わって再アタックというのは分が悪い。

(C)Wnd Bells Bicycle Club, Nanairoenpitsu.2010